鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ①

高校に入学したばかりの4月、偶然隣の席となったA君が、「ドラムを始めるからバンドを組みたい。」とのこと。私が子供の時にピアノを習っていたことを話すと、「君はキーボード担当でバンドを組まないか。」と提案を受け話しが盛り上がった。早速、自宅に帰り、両親に「原付バイクは乗らないから、そのお金でシンセサイザーを買って欲しい。」と説得し、当時の新発売であったKORG PORY 800を99,800円で購入。その後クラスメイトのY(ギター)、M(ベース)を誘い、4名でフュージョンバンドを結成した。選曲は高中正義「Jumping take off」、スクウェア「All About you」、カシオペア「The Soundgraphy」の3曲コピーで、秋の高校文化祭で演奏することを目的に毎週練習に励んだ。その頃、本家のカシオペアは全国ツアーでコンサートを行なっており、地元の横浜にも来ていたので、バンドメンバー4人でコンサートを観に行った。当時のカシオペアのメンバーは、野呂一生、向谷実、桜井哲夫、神保彰であり、コンサートを見終わった感想は「な・ん・て・面・白・い・ん・だ」と正直驚いた。そして、「このカシオペアを中心としたコピーバンドを積極的に続けたい。」と思った。しかし、ここで、不思議な気持ちが芽生える。「キーボードよりエレキベース面白い!!」当時はイカテンが放映されていたバンドブームであり、もちろん我々の高校でもバンド数が20以上はあり(あったと思う)、その中で「シンセサイザーを持っていて弾くことが出来る」私の存在は珍しく、他のバンドにも誘われることが多かった。しかし、自身が本当はやりだい楽器はエレキベース。だが、当時のバンド仲間では掟みたいなものがあり、それは「1度楽器パートを決めたら貫く。」と言うこと。なので、私は「キーボードとエレキベースの両方、もしくはエレキベースへ転向したい。」との言葉を言い出せないまま、高校生活が終了。大学に入ってから、このフュージョンバンドのメンバーはキーボードの私とドラムのA以外は変更が繰り返されるも、カシオペアのコピーや、オリジナル曲にトライすることで、バンドコンテストにも出場し、バンド活動は続けていた。しかし、次第にメンバーは揃わなくなりバンドは解散となった。そこから、かねてからの夢であったベース(まずはVestax 5弦)を購入しベースの猛練習を開始した。また並行して、YAMAHA SY-85を購入し、作曲&デモ演奏曲を作成したが、今度はそれも面白くなり、本格的にMac+音源を揃え、DTMでフュージョンオリジナル曲を制作していた。ベースの方はその後もWarwick、FenderUSA、Yamahaと気に入ったベースがあれば、すぐに購入し台数も増えて行った。丁度その頃、カシオペアのメンバーも大幅に変更があり、ベースには、なんど、鳴瀬喜博氏が加入したことに凄く驚いた。この日をきっかけに鳴瀬喜博氏が私の師匠となって行く。

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