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鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ⑧

ベーススクールを数ヶ月通ったある時、鳴瀬先生に、私が以前作曲した録音データがある旨を話すと、「次回、音源と譜面を持ってくるように。」とのこと。次の回までに譜面をパソコンで書き、音源とともに持参。スタジオ内で、私の曲が流れ、鳴瀬先生が聴いている。全部で5曲持って行ったが、以外にも、褒められた曲があり、まずは、その曲をきちんと仕上げて行こうとのこと。最初に直されたのは譜面の書き方。譜面は手書きでないとなりません。記号や約束事をしっかりと指導を受ける。それから、コードのテンションについて、色々と深く話しが展開して行く。学生時代、誰かが「ナルチョは譜面が読めないらしい。」と言っていたのを聞いたことがあり、また、鳴瀬先生自身もセミナー等で「俺、譜面読めないんだ。」と言っていたりするが、この話、「全くの嘘!!」先生はすご~くコードには詳しい(セッション王であったり、東京音大の教授であるから当たり前ですね)。先生が直したり、先生からいただいたヒントの通りに編曲を続けて行くと、私の曲が「もしかしたら、何処にでも通用するような曲なのか。」と思ってしまう程、生まれ変わって行く。そして何よりも、元の曲からは離れていない。言わば、良いところだけを伸ばした。そんな感じがした。そして、その日のスクールが終了し挨拶をして帰り支度をしている時、鳴瀬先生は、私が作曲したフレーズを鼻歌で歌っていたりする。これには更に感動をした。言わば魔法である。本当に充実したエレキベース教室であり、素晴らしいベースの先生である。

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ⑦

秋葉原のイベント「鳴瀬喜博の診断しまっせ!」は、一般応募のベーシストが私を入れて確か6名が出場していた。その会場にはユーキャンのベース通信教育担当の方も見えており、その方から「この『診断しまっせ』の参加者に、もう1人、通信教育を行なっている人がいるから紹介します。」と言われ、Yさんと言う女性を紹介された。後にベース3人バンドを組む1人である。その後、Yさんはリンキィディンク西荻のベーススクールに入校。程なくして「診断しまっせVol2」の予定が決まり、鳴瀬先生から「おまえとYで出場するのはどうか?」とのこと。早速Yさんに連絡を取り、鳴瀬先生の曲であり、通信教育の卒業課題曲でもあったTalktoMyselfをツインベースで演奏。数ヶ月後の「診断しまっせVol3」も2名で出場するが、これはアコベー2名でLifeGoesOnを演奏。演奏後、せっかくだからと、今度は鳴瀬先生が入り、アコベー3名でもう一度LifeGoesOnを演奏。この時の演奏で、「音域のせまいベースでも、リード、コード、ボトムに分ければ、バンドになる。」と思い付き、ベースだけでバンドを組もうと考えた。私とYさんでベース3人バンドの企画を話しあったが、もう1人を誰にするか検討し、「診断しまっせ」に出場していたNさんを誘った。その後毎週末のように練習と試行錯誤を繰り返し、ベース3人バンドとして秋葉原のライブイベントに出場をさせていただけた。(ベーススクールで鳴瀬先生のライブ前チェックあり)その後Nさんは抜けてしまったが、ベーススクールの生徒で、鳴瀬先生のライブ会場でも良く顔を合わせていたAさんを誘い、Aさん、Yさん、私の3名でベースバンドを再結成。このバンドは10年以上続いており、現在は活動が減ってしまったが、これまでに鳴瀬先生プロデュースで「診断しまっせ」にゲスト出演したり、YouTubeへの動画投稿も行なっている。

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ⑥

鳴瀬喜博ベーススクールを数回通った際に、鳴瀬先生から、私が平行して受講していた「鳴瀬喜博ベース通信教育」について提案があった。それは、通信教育の課題を3個ずつ仕上げ(通常、課題は1つ)、録音したMDをユーキャンに送った後(ここまでは通信教育と一緒)、担当者の方がそのMDをベーススクールの私のレッスン時間に持参し、その場で鳴瀬先生に採点していただく方式とのこと。もちろん3個の課題は大変だが、そんな通信教育は聞いたこともなく、面白そうなので、その形で次からお願いした。実際に始めるとこんな感じ~!!私が自宅で通信教育の課題をベースで弾き、MDに録音。専用の封筒でユーキャンに郵送。数日後、リンキィディンク西荻のベーススクールへ行くと、待合室にユーキャンの担当者の方がいる。一緒にスタジオに入る。私が弾いてユーキャンに送った課題をスタジオで再生し、皆で聞く。その弾いた課題について、鳴瀬先生が演奏についてコメントを、ナ・ン・ト、その場でMDに録音。その録音MDはユーキャンの担当者が持って帰り(その場では私にわたさない)、数日後、ユーキャンから私の自宅へ郵送されて来ていた(あくまでも通信教育)。これが3回続き、通信教育も卒業することが出来た。最終課題曲は、TalktoMyselfであった。後の話しでは、この「鳴瀬喜博ベース通信教育」を卒業出来たのは 私を含め、3名しかおらず、私以外の2名のうち、1名は後にバンドを組むことになるYさんとのこと。

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ⑤

ベーススクール受講2回目に、今まで私が作成したベースマイナスワンカラオケを持参し鳴瀬先生に提出した。Akappachi-IsmとEccentric Gamesを聴いていただいたが、鳴瀬先生からは「何これ、完璧じゃん。」と言っていただき、私が作ったカラオケ合わせて鳴瀬先生がベースを弾いた。これまた凄~く!嬉しかった。その数ヶ月後、先生から驚きの提案!!「今度、秋葉原のイケベ楽器でイベントがあるんだよ。おまえ、カラオケ持参してそれに出ろよ。」とのこと。後日、担当の方から連絡があった。「鳴瀬喜博の診断しまっせ!」とのイベントで、内容は「一般のベーシストが患者としてベースを弾き、その患者さんに白衣を着た鳴瀬喜博先生がベース診断をする。」であり、私も締め切りぎりぎりで参加が決定。当日のイベントでは、Akappachi-Ismを私が作成したカラオケで演奏させていただき、更に、演奏後には鳴瀬先生から「カシオペアが演奏する本物のベースマイナスワンと、私が作成したベースカラオケの聴き比べ。」と言う時間を作っていただいた。私の作成したベースカラオケを会場の皆様に聴いていただき、また、先生からもカラオケの出来を褒められた(ベース演奏はイマイチでした)のが、またまた嬉しかった。その「診断しまっせ」イベントは毎年行なわれていて、なんと私は最終のパート5回目まで全て出場をさせていただけたのである。

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ④

「鳴瀬喜博エレキベース通信教育2度目」を進めて行く中、ある日ネット上で偶然、「リンキィディンクスタジオ西荻」にて、「鳴瀬喜博ベーススクール」が開校していることを知った。「師匠に会える!2人きりで会えるのだ。」とのワクワクした思いで早速電話にて予約。ベーススクールは基本的に電話にて予約をするシステムで、1人50分間の個人練習。15時~22時。当時は2回/月のペースで行なわれていたがすぐに埋まってしまう人気の高いスクールであった。最初の電話で申し込みの際に、「次回は15時からの講習のみ空きがある。」とのことで即予約。平日であったが会社の振替休日も溜まっていたので、当日は午後半休を取った。予約からスクール当日まではとても待ち遠しい。「何のベースを持って行こうかな。やっぱり8弦なのかな。ベースにサインをもらえるのかな。」等と、ベース自体のレッスンとは少し離れたことを考えながらワクワクしていた。いよいよスクール当日、会社の仕事を半日で終わらせ、1度帰宅。師匠に会うので、まずは風呂に入り体を清め、8弦ベースとサインをいただく用のマーカーを持参し、いざ「ベーススクール」へ。30分くらい早めに着いてしまい、ドキドキして待合室で待っていると、鳴瀬先生の登場。「君?どうぞ。」て感じで、スタジオの中へ。名前やバンド暦を聞かれ、レッスン開始。ケースから8弦ベースを取り出すと鳴瀬先生は笑い出し、「あはは~、なんで、8弦持って来るんだよ。あ、あれ、これZi-3-8Nなのに、アーム付いてるじゃん。改造したの?TUNEは凄いよな。他には何のベース持っているの?やっぱ復弦なの?」など、話しは盛り上がり、なかなかレッスンは始まらない。先生「普段何を弾いてるの?」、私「鳴瀬先生の曲のベースマイナスワンカラオケをDTMで作って、それに合わせてベースを弾いています。暗いですね。」、先生「暗くねーよ。凄く面白いよ。今度そのカラオケ持って来いよ。」凄く嬉しかった。そして、一通り話しが落ち着いたところでレッスン開始したが、なんど、レッスン用の教科書は、同時に私が進めていた「通信教育」の教則本であったこと。「私、鳴瀬先生の通信教育も受けてます。」と話したところ、鳴瀬先生は「それじゃぁ通信も一緒にやっちゃおうぜ、担当者へ連絡しておく。」とのこと。その日は運指連絡を中心に終了。最後に持参した8弦ベースに鳴瀬先生にサイン...

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ③

「鳴瀬喜博エレキベース通信教育」の卒業は最終段階で断念したものの、その後も鳴瀬喜博師匠のベースフレーズのコピーは続け、私自身の結婚式披露宴でもAkappachi-Ism~ベースソロを自作カラオケに合わせて演奏したほど。その後、今度はカシオペア20周年Liveの映像でEccentric Gamesの「ケロンパチ」の演奏を観て、「アーム付き8弦ベース」が欲しくなったってしまった。しかし、そこまで小遣いに余裕はなかったので、妻を説得し、家計から半額負担もらい、「Zi-3-8Nを12万円かけてアーム付きに改造」。その後は当然、Eccentric GamesのカラオケもDTMで作成し曲に合わせてベースを演奏していた。ある日、ベースマガジンを見ていた時、「鳴瀬喜博エレキベース通信教育」がリニューアルしていることを発見。通信教育は1度断念してしまっていたので、すぐにユーキャンに連絡し、今度は「TUNEベース付き通信講習」を申し込み。この時手に入れたTUNE TB-01Nがとても弾き易かったで、「やはりベースは全てTUNEにしよう」と考え、それまで持っていたエレキベースは全て売ってしまい、TUNEベースを揃えて行くこととなる。(現在は、4弦、6弦、7弦、8弦、5弦アコベー、5弦フレットレスを所有)

鳴瀬喜博(ナルチョ)に憧れてベーシストへ②

カシオペアコピーバンドを解散後、私はキーボードからエレキベースへ転向。丁度その頃、カシオペアに鳴瀬喜博氏が加入したことに、凄く驚いた私は、 早速「THE PARTY」 のCDとVHSを購入し、カシオペア2ndを堪能。そこで観た「8弦ベース」のパワーの凄いこと!更に本格的な驚きは、カシオペア「MADE IN MELBOURNE」のレーザーディスク。この中のAKAPPACHI-ISM~ベースソロがとても面白く、毎日、何回も繰り替えし観て、とうとう私もZi-3-8N(TUNEの8弦ベース)を購入した。そして、鳴瀬喜博師匠のコピーする日々が始まる。その後は鳴瀬喜博のイベントやセミナーがあれば受講。その頃のセミナーでの鳴瀬喜博師匠はと言うと、鳴瀬モデルのTUNEベースを次々交換し(アカッパチ、ベニテン、ケロンパチ、アコベー、シロレスなど)、ベースカラオケ(ベースマイナスワン)に合わせて演奏していたが、その迫力が凄い。それを観て私は「こ・れ・だ」と感じ「このカラオケに合わせたベース演奏を自分でもやりたい。どうしてもやってみたい」との衝動が体を駆け抜けた。早速、自宅のパソコンにて当時持っていた音源ROLAND SC-88ProとDTMソフトにて主にカシオペアの鳴瀬喜博氏の曲のベースカラオケを作成し、その完成した曲に合わせてベース演奏するのが日課となった。しかしこの楽しみは決して簡単でなく、実はベースカラオケは、DTMにて作成するのに非常に時間が掛かり、1曲作成するのに1ヶ月はかかっていた。新しい曲もどんどん弾きたいのでもっとカラオケ簡単に作れないものか?と考えている時、会社の先輩(ギターリスト)から、「鳴瀬喜博エレキベース通信教育」の雑誌広告を見せてもらった。「お、これなら、大好きな鳴瀬喜博フレーズも学べる上に、ベースマイナスワンのカラオケも手に入るかも。」と思い、すぐにユーキャンに申し込み。この通信教育は、「月に1回録音したテープを送り、鳴瀬喜博氏ではないが、別の先生からコメントが録音されて来る。」と言う方式で私は毎月テープを送り、通信教育が進んで行った。しかし、卒業まであと少しのところで、あまりにもレベルが高く、(卒業曲はNow or never等)納得の行く録音が出来ないことから、もったいないことに卒業を断念してしまった。(後で知ったのだが、卒業時のテープ返却には鳴瀬喜博先...